『ドカベン』中学編が素晴らしい

ほんとうに、大手マスコミによるアヘ政権・棄民党の支持率捏造をやめさせなければ、日本が滅び去ってしまうだろう。せめて市民がしっかり正気を保って、不正に抗議しなければならない。

 お湯屋に行って、風呂あがりに麦酒を飲みながら水島新司『ドカベン』中学編を読んだ。これはなかなか面白かった。
 ドカベンは小学生のころ熱狂的に読んだけど、強烈に印象に残っているのは高校野球になってからで、おもに柔道をあつかった中学時代は軽く読み流していたからよく憶えていなかったのだが、いま読むと高校編より面白いんじゃないかと思われる。

 あのころ、日本中がドカベンに熱狂していた、といっても過言ではなかったかもしれない。しょうじき、超能力者を選手にした弁慶高校とかが出てきたあたりからはだんだん白けていったようにも思う。そのあとの関東大会には、赤富士高校の一合とか、大利根高校の平手という選手が紹介されながらも、それっきり消えてしまう。おそらく、水島新司はこの大会を高校球児たちの饗宴にしようと考えていたが、それならいっそ自分のこれまでの漫画の主人公たちを総登場させたほうが面白い、と思い直したのだろう。はやく『大甲子園』を書きたくてたまらなくなり、歴史ある『ドカベン』をあっさり終了させてしまったのだ。
 で、『大甲子園』は、はじめの白新高校・室戸学習塾戦は面白かったけれど、以後は減退し、ほとんど自慰行為のようにみえ、俺は連載を読むのをやめてしまい、単行本でも読んでいない(ただし『大甲子園』序曲のように描かれた『ダントツ』は意外な傑作)。プロ野球編以降も同様だ。

 中学編が新鮮だったのは、スポーツ漫画というより学園漫画として、山田太郎と岩鬼正美の友情を軸に展開されていたことだ。
 高校になってからの『ドカベン』の印象だと、天才肌の岩鬼にたいし山田は努力型にみえるけれども、中学編では逆で、山田が謎につつまれた天才、岩鬼が努力派として描かれている。怪力・ドカ弁という共通点をのぞけば何から何まで対照的な謎の転校生・山田に異常な敵愾心を燃やしながら成長してゆく男・岩鬼の物語なのだ。
 柔道編では、驚異的な身体能力で相手を投げ落とす天才・影丸、道着をつかい相手を締め落とす非情な戦い方で勝利への執念をみせる怪力・賀間、アメリカ人柔道家にミイラ男たち、飲んだくれの空手家とその弟子といったライバルが登場する。にわか柔道家としても天才ぶりを発揮し、中学生なのに空手の達人さえも破ってしまう山田太郎。水島はなぜもっと野球以外の漫画を描かなかったのかと思わせるぐらい面白い。野球もたった一試合で終わっているのが意表を突く。それだけに、弱小野球部に急遽くわわった生徒会長や三つ子の兄弟、韋駄天のスリをもうちょっと活躍させてほしかった。
 中学編にくらべると、高校編はひたすら野球野球で味わいに乏しいと感じられてしまう。『ドカベン』がほんとうに面白かったのは一年の夏の大会までじゃないだろうか。

 かくして、今日も正義は、私によって守られた。

この記事へのコメント

とおりすがり
2017年05月28日 18:15
実にその通りです。畳を大雨の中運ぶ山田、溺れた山田を救う岩鬼。日本がまだ貧困が目立っていた頃の友情の物語でしたね
2017年06月07日 08:09
コメントありがとうございます。ご返信遅れまして申し訳ありません。高校編にくらべて、中学編にはきちんと人間が描かれていると思いました。サチ子と岩鬼の友情も味わい深いものがあります。

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