詩と箴言 先住民の言葉

ながらく更新が途絶えていたが、とうとう私は、正義の世界に帰ってきた。やはり私には正義がよく似合う。満を持して悪との闘いに挑む私のポコチンは、いつにもまして臭い。

夏には環境問題に関する本をいろいろと読んでいた。新しい評論の主題なのだが、繁栄進化論ともいうべき思想を批判するのが目的だ。そういった論者の特徴は、相対主義の相対化。けっきょく自文化中心主義に回帰している。こうした主張は下手すりゃ沖縄の基地建設に反対する住民を誹謗中傷するキチガイネトウヨと同水準に堕してしまう。ここでは熱帯雨林伐採に反対する先住民族の言葉を紹介しよう。

金の採掘者から森を守るために闘うアマゾン・ヤノマミ族のリーダー、ダビ・コペナワの言葉。「私は砂金採集者に敵対しているのではない。私あ反対するのは砂金の選鉱である。それらは穴ぼこを残し、流れや川をだめにするからである。ヤノマミはそのようなことはしない。土地を切り刻んだり、樹木を伐り倒したり、森林を焼いたりはしない。私たちは自然の敵ではないのだ。私たちは森に生きていて自然の友達である。」(K・ミラー+L・タングレイ著『生命の樹』熊崎実訳)

マレーシアはサラワク州に住むプナン族、アロン・セガの言葉。「たとえば木のことを考えてみよう。木はひとりでに生まれてきたわけではない。話すこともできない。神様が、気をお創りなすった。大地も神様がこしらえなすって、わしら人間とは話ができぬ。動物たちも同じだ。動物同士は話ができるけれども、やっぱりわしらにはその言葉がわからない。だけど木が伐り倒されたり、ブルドーザーで引き廻されたりする時はどうだろう。あふれでる樹脂は、木々の血液だ。大地はわしらの母親と父親だ。あんた達政府の人間が、業者どもにこの土地を開拓するように命じることは、ふた親もろともわしら自身の首を討ち落とすようなものだ。ブルドーザーが大地を引っ掻き回すと、もちろん大地は何も言いやしないけれども、その血を流して骨がむきだしになってしまうのがあんたにもわかるだろう。業者の連中が、掘り出されて砕けた頭蓋骨と足の骨を持っていたことも実際にあった。わからないのかい、大地は叫んでいるんだ、「殺さないでくれ」とね。」(ブルーノ・マンサー著『熱帯雨林からの声』橋本雅子訳)

おつぎは西アフリカの砂漠の民・ドゴン族。白人の人類学者は長老オゴテメリのこんな言葉を記す。
《「動物は人間より優れている。動物は荒野のものであり、仕事にしばりつけられていないからだ。人間が苦労して育てた作物を食べて生きている獣はたくさんいる」/彼は動物がことばをもたないゆえに、人間よりも完全なものだとさえいった。》(マルセル・グリオール『水の神』坂井信三+竹沢尚一郎訳)

小賢しい連中の空疎な理論が跋扈し、言論を低下させ、読書離れを加速させている。本当の言葉を、取り戻さなければならない。

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